新年明けたばかりですが、大学の授業はもう年度末。
今年は4年生をたくさん教えていたので、少々さみしい気持ちも覚えつつ。
昨晩は、関西に住む姉が所用で上京し、久々に少しゆっくり話をしました。
姉からのお土産は「長くて可愛いタイツ」。
私は3姉妹の三女。身長が姉妹で一番低く、170センチ。
2番目の姉である千鶴ねえちゃんは姉妹で一番背が高く、いつもなんやかや、丈が足りていません。
「長くて可愛いタイツ」のお店を見つけたこと、相当嬉しかったようです。
そして、そのタイツやさんは、私がイタリアで愛用していたカルツェドニアでした。
もうすぐ表参道にもオープンするとか。
後ろのお花は11日の「ムーサたちの語らい」のときに頂いたもの。暖かい部屋に置いてあるのですが、まだまだ綺麗で嬉しいです!
20年前は、入社5年めのアナウンサーで、「おはよう朝日です」という番組に出ていました。
私が7歳下だということもあり、よく話すようになったのは、お互い母同士になった最近、という感じの姉妹なので、あまり当時の話もゆっくらは聞いたりしたこともないのですが...。
20年前の今日。
当時、私は音大の学生で、朝遅刻ギリギリに起きてニュースも見ずに学校へ行き、お昼近くになってようやく関西で地震が起こったことを知りました。
急いで家に帰ってテレビをつけたのが先だったか、実家に電話したのが先だったか...。(携帯電話も持ってなかった)。
共演者の悲鳴にかき消されそうになりながら、
「カメラの前の皆さん、カメラの前の皆さん、安全な所に避難してください」
と繰り返す姉の声。真っ暗になるスタジオ。
心臓が止まりそうになったのを覚えています。
ありがたいことに姉は無事でしたが、その後も何度もあのシーンは夢に見た気がします。
少し落ちついてから、「カメラの前の皆さん」じゃなくて「テレビの前の皆さん」だよね、姉ちゃん...。
と、思いましたが...。
その後も着の身着のままで被災地のレポートを続ける姉を見て、私たちは無事の姿にほっとしながらも心配していただけですが、姉は様々な筆舌に尽くし難い場面に遭遇したそうです。
20年。
長いようですが、大切な存在を亡くされた方々や、辛い思いをされた方々にとっては決して遠い昔ではないはず。
心からの祈りを捧げます。
そして、自然災害だけでなく、不幸が不幸を呼ぶような、シビアな出来事が世の中に多過ぎて、どういう心持ちを子どもたちに示しながら生きていけば良いのか......親として、また一応教師として、非常に悩ましいけれど。
とりあえず「バイバイ、またね」と、帰って行った姉の笑顔が見れて良かったな。
私も、笑顔でいたいな。
ありがたく「長くて可愛いタイツ」を履かせいただこうと思います。
(姉の「カメラ」と「テレビ」の言い間違いを、「カメラの前のスタッフに向けて言った、という勘違い話?があるんだよねー。そんなわけ無いのに」と、さっき姉から聞いたところで、さっそくwikiの脚注にその話を見つけた......。教えてあげなければいけないでしょうか......。)