mezzosoprano 鳥木弥生blog

オペラ歌手(メゾソプラノ)鳥木弥生の日常、演奏会情報など。

銀座オペラ「イル・トロヴァトーレ」復讐!じゃなくて、復習!!

トロヴァトーレ打ち上げ第二弾!
本番後は銀座で打ち上げて、今夜は稽古で通った渋谷で。

一升瓶マッコリ!
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銀座オペラ「イル・トロヴァトーレ」は、字幕もあり、演出の彌勒さんがナビゲーターも勤めるという分かり易さが売りでしたが、なにせ元々のストーリーが複雑。
見にきてくださった方々の何人かの方に尋ねられました。

「ラストに『復讐は果たされたよ、母さん』と叫ぶアズチェーナの真意は?」
と。

血の繋がりはないとはいえ、あんなに愛しんでいたように見えた息子が憎い敵に火あぶりにされて、勝利の快哉!?なぜ??

まさか最初から愛してるふりをしマンリーコを騙しながら育て、この結末を望んでいたのか?

等。

(こちら、トロヴァトーレ予習編。でる単1)↓

(と、あらすじなど)↓


今回は特に演出に特別な設定はなかったので、これは私が個人的に解釈し、演じたアズチェーナの「真意」ですけど......

まず彼女はかなりエキセントリックに見えますが、母が残した「私の復讐を!」という言葉が脳内にこだまして正気を失っている時意外は、実は割とまともです。

冷静な時は非常に愛情深い母親であり、実の子であろうが他人の子であろうが、火に焼べたりしないし、傷ついていれば看病し、死んで欲しくないと思っています。

今回銀座オペラではカットされていましたが、ルーナ伯爵を「親父も極悪非道だったが、息子はなお残酷だ!」と罵る場面もあり、自分はあくまでも母親を先代伯爵に殺された被害者、迫害されている立場と思っています。

そして、彼女が希望していた「復讐」は、自分が育てたマンリーコが、現ルーナ伯爵を殺すこと。
マンリーコが知らない(はずだけど神の声を聴いてためらった)、「息子が息子を殺す」という悲劇を先代伯爵に、更に「兄弟同士が殺し合った家系」という忌まわしさを伯爵家に与えたかったのではないでしょうか。

いったん遡りまして、アズチェーナが過去として語る出来事について。
火刑台に向かう母親が叫んだ「復讐を!」と言う言葉にとらわれたアズチェーナは夢中で伯爵の息子を攫い、燃え盛る炎へ投げ入れます。が、それは自分の息子だったと気付いたときには、すでに彼女は正気だったため、伯爵の息子を続けざまに焼きはせず、連れ帰りました。

もしかしたら後に利用価値があるかも、くらいは思ったかもしれませんが、とにかく大切に育てるうち、愛情も湧き、実の息子の代わりに逞しく育ったマンリーコに、自分を守って欲しいという気持ちにもなります。

そして、上に書いたような復讐の筋書きであれば、自分の母の復讐を果たした上でマンリーコの母親として一緒に暮らし続けることができる、と考えていたはず。
マンリーコの方も、今まさに結ばれようとしている恋人レオノーラを置いて、「母さんを助けられなければ、自らも共に死ぬのだ!」と駆けつけるくらいなので、二人の親子愛はかなり深いものでしょう。

またはその場のことしか考えられないアホか?とも思いますが、まあ、それはそれで、アホな子ほど可愛いとも言うし。

ところが、マンリーコはあえなく捕らえられ、アズチェーナと共に牢獄へ。

そこでテレビドラマなら「最後にお前の出生の秘密について教えよう...」となりそうなんですが、そうはならず、アズチェーナは火刑台に恐怖し、マンリーコに「私たちの山へ帰り、お前がリュートを弾き語り、私は平和に眠りにつく...」
という叶わぬ夢を歌いつつ、眠ってしまいます。

次に目を覚ましたときには、マンリーコはすでに火刑台で絶命......。

勝ち誇るルーナ伯爵に、「あれはお前の兄弟だったのだ!」と、真実を突きつけ、
「復讐は果たしたよ、母さん」
と叫ぶ。

つまり、本来の望みとは生き残る人間が違ったものの、にっくき母の仇、先代ルーナ伯爵の息子同士が殺し合う羽目になる、という、復讐の本意は叶ったわけです。

愛するマンリーコを失った悲しみと絶望の中、唯一すがれるのが母の無念を晴らしたという達成感だった、と、いう気持ちで、私は歌いました。

......深みのある役です。
ぜひまた歌いたい!



さてさて、愛し合う親子を演じたテノール笛田さんと、次は全オペラ中、最も有名な愛憎劇。


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