mezzosoprano 鳥木弥生blog

オペラ歌手(メゾソプラノ)鳥木弥生の日常、演奏会情報など。

《仮面舞踏会》ウルリカ談義。フェドーラの想い出など...

とりあえず、一昨日終演した藤原歌劇団《仮面舞踏会》の、やっと出して良さそうな素晴らしい舞台と衣装の公式写真!

ページの2枚目の写真、前列向かって左が母ちゃんウルリカです。
シエナのキジアーナ音楽院で師事したシャーリー・ヴァーレットが、
「暗い舞台で暗い色の衣装の時は歯を見せないとどこにいる分からないから気をつけないと」
と、おっしゃっていた教え(アメリカンジョーク?)を、このときこそ活用すべきでしたが......。

ともかく。
同じ写真の前列右が舞台美術、衣装のチャンマルーギさん。
彼の美意識が詰まった素晴らしい衣装を着せていただき、衣装つき稽古からのテンション上昇が半端なかった母ちゃんでした。
私のお隣、里美アメーリアの着こなしはまるで絵画のようだったし、ちょっと後ろで見えないのが残念ですが、高橋薫子さん演じるオスカルの衣装もどれも素晴らしく、実は楽屋でオスカルパンツ、試させてもらったりもしました(笑)。

来年9月にはロメオ役で大手を振って男装できるのが超楽しみ!


さて、昨日もたいへん母ちゃんメゾソプラノらしい1日を過ごした私。

朝は息子が通う幼稚園のクリスマス会で母たちが歌うコーラスの指導。

それから、《仮面舞踏会》と《第九》鑑賞で上京していた母を見送り。
その後はオッシーお兄さんことバリトンの押川浩士さん、ゆうこりんことピアニストの赤星裕子さんと共に、明後日本番のちびっ子のためのコンサートの練習。

その練習場所が、《仮面舞踏会》でウルリカ役ダブルキャストだった二渡加津子さんのお住いの近くで。そして、その辺りに美味しい餃子が食べれるお店があると聞いていたので、せっかくだから連絡してみたところ......

牧野さんは腹ごしらえの後、私たちにハイボールをご馳走してくれてお仕事に戻られ、私と加津子さんでしっぽりウルリカ会。

出ずっぱりのソプラノ、テノールバリトンさん達がいらっしゃる時には決して言えない、

「ウルリカだって大変だよね〜」って話で盛り上がり(笑)。

実は、このウルリカ......私にとってはちょっと悲しい思い出と結びついています。

私の音楽の祖母、フェドーラ・バルビエリが亡くなる前、最後に教えてもらったのがこの役。


2003年。私が28歳の時で、日本でのとあるプロダクションのアンダースタディーをつとめるため、勉強したのでした。

そして、そのプロダクションの最中、私が日本にいるときにフェドーラが急に亡くなり......。
私は取るものもとりあえずイタリアに飛び、お葬式には間に合わなかったのですが、ご家族のみの火葬の場に臨席させていただき、最後のお別れをしました。

生前の彼女の希望で、トスカニーニ指揮のヴェルディ《レクイエム》が流れる中、彼女の息子さんたちに、

「今までは『弥生は日本に帰ったら私の教えを忘れて好き勝手に歌ってるに違いない』、ていつも疑ってたから、これからはいつでも日本に聴きに行けてフェドーラも満足だろうね」

と言われ、一緒に泣き笑って。

ヴェルディ:レクイエム

ヴェルディ:レクイエム


ナクソス・ヒストリカル・シリーズ ヴェルディ:仮面舞踏会(カラス/ディ・ステファノ/ゴッビ)

ナクソス・ヒストリカル・シリーズ ヴェルディ:仮面舞踏会(カラス/ディ・ステファノ/ゴッビ)


ウルリカは彼女にとって決して大好きな役ではなかったようですが、素晴らしい歌唱だったと思います。
なぜ思いますなのかというと、10年くらい聴いていないからです。
聴いてない理由はまた後にして、先になぜ大好きな役ではなかったかというと、ヒントはこちら。
f:id:toriki841:20151208192114j:image
ウルリカは「コントラルト」の役なのです。
フェドーラはその自然な、作り物ではない深い美声から、コントラルトと言われることもありましたが、本人はそれを嫌い、「私はメゾソプラノと必ず主張していました。

ちなみに、私の音楽の母、エレナ・オブラスツォワはそこのところ、あまりこだわりがなく、メゾソプラノコントラルトも同じ、という考え方で(もしかしたらソプラノもある意味同じ、と思っていた節も?笑)、《仮面舞踏会》も大好きな演目でしたが、逆に高音が美しいメゾソプラノとして認識されていたので、イタリアではウルリカ役としてあまり認められなかったようです。

さて、フェドーラは、自分の思いはさておき幅広いレパートリーの中で、コントラルト系の役で大成功をおさめたことも多い、強く柔らかい低音が魅力の歌手で。

私と言えば、比べるのもおこがましい、誰もコントラルトとは評さないであろうメゾソプラノの声質です。

そんなことから。
もちろんフェドーラに習ったことは決して忘れず、なのですが、しかし、自分なりのウルリカを作らなくては、と思い、フェドーラの、というか、誰のウルリカも絶対に聴かずに今回のプロダクションに挑みました。

結果、観ていただいた方がどのような印象を受けたかは分かりませんが、幸い佐藤正浩マエストロも私なりのウルリカを理解して下さり、そして演出の粟国淳さんの与えてくれたウルリカのキャラクターはとても自然に私に当てはまり、今回の《仮面舞踏会》のひとつのピースとして、まあまあ良い働きが出来たのではないか、という満足を得ることが出来ました。
キャストのバランス、指揮者、演出家のイメージによっては、いつでも私が当てはまれる役ではないかもしれないウルリカですが......そして、悲しい思い出もあるのですが......だからこそ、今回恵まれた環境で演じられたのが幸せで、色んな方々への感謝の念が絶えません。

ウルリカ登場シーンで雰囲気を盛り上げてくれた女声合唱の皆様の実力にも脱帽ですし、大感謝。
ウルリカのアリアで彼女達がトランス状態になるシーンがあったのですが、私は前にいたので見れずじまいだったのが残念!
しかし、女声合唱のお姉様方に、
「いいトランスに入れたよ!」
と、褒めて(ですよね?)いただけたのが何より嬉しく。

前に「教祖のよう」とも書きましたが、


今回のウルリカは、従来のオドロオドロしい魔術師のイメージではなく、現代でいうならカリスマカウンセラーという感じで、勘がよく、人の考えや心の底にある思いを感じ取ることによってこれから起こりうることを予言したり、話術や態度で人を操ったりもするような存在、という設定。
しかし、一応「魔王と交信して予言する」と言い張ってますので(笑)やはり怪しい雰囲気もあり。
あくまでカッコよく、というイメージだったので、それに応えなければというプレッシャーはありながらも、非常に楽しめました。
フレッシュだけれども、あまりにも納得できる演出で、我ながら粟国さんの超いいなりで驚くほどで(笑)。
実は粟国さんが人を操るカリスマカウンセラー(または教祖)なのでは......??
またぜひご一緒して操られたいです。

本当はまだまだ、今回のプロダクション、または《仮面舞踏会》について、ウルリカについて、面白い話があって、キリがないくらい。
いつかまたやれたらいいなあ。

あ、最後にもう一つだけ。
粟国さんに教えていただいて12年目にして初めて気づきましたが、ウルリカのアリアの終盤にあるト書きがすごかった!
f:id:toriki841:20151208230034j:image
右上ですが、

batte il suolo e sparisce
地を叩いて消える

え?どうやって?

そして、このあとのフレーズには、

地下から

という指示があり(笑)
次に歌う直前、
f:id:toriki841:20151208230352j:image
ricomparendo
再び現れながら

え??どうやって???

やっぱり本当は本物の魔女か、または奇術師じゃないと歌えない役なのかもしれませんねえ......。